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12
(Mon)23:12

20180211 Sun. イタリアを旅する(9)陶器の街 カルタジローネ

イタリアを旅する(9)陶器の街 カルタジローネ

とにかく階段、マヨルカ焼きの142段の階段が圧巻。サンタ・マリア・モンテの大階段!現地では「スカーラ」と呼ばれている。
階段の蹴上がりに、動物や植物をモチーフにしたマヨルカ焼きの装飾が施されていて、なんと、142段すべてが違うデザイン。

s_src_10642000[1]

こんな感じ。

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2018_02
03
(Sat)22:28

20180203 Sat. イタリアを旅して(8)アグリジェント

イタリアを旅する(8)アグリジェント



Agrigent

アグリジェントは「アーモンドの里」でもあり、ギリシャ遺跡群が、立派に存在し続けるところでもある。
桜か、梅か、と見紛う薄桃色の花が、1月でも咲いている。2月のはじめにはアーモンドの花祭り(Sarga del Mandorlo in fiorre)がこの場所で開催されるとのこと。フィレンチェあたりだと3月にならないと開花しないらしいが、ここアグリジェントでは12~2月が開花時期だというのだから、いかにシチリアは暖かいか、ということである。このあたり、「神殿の谷」と呼ばれる。アーモンドとギリシャ古代遺跡群、ふしぎな取り合わせである。

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2018_01
29
(Mon)18:25

20180129 Mon. イタリアを旅する(7)パレルモ・マッシモ劇場

イタリアを旅する(7)パレルモ・マッシモ劇場

<考古学博物館からカヴール通り(Via Cavour)を西に330㍍、マクエード通りとの交差点にギリシャ神殿風のファサードをもった「マッシモ劇場」がひときわ壮麗な姿を見せている>と書かれている。パレルモのセンター、クワットロ・カンティから歩いて15分?

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見るからにスケールの大きい劇場で、調べてみると、客席数が
ミラノスカラ座が2,300
トリノの王立劇場が1,800
ローマ歌劇場が2,200
ナポリのサン・カルロ劇場が2,500
歌舞伎座が1,964
国立劇場が1,610
新国立劇場オペラ劇場が1,814

で、マッシモ劇場は、なんと、3,200、総面積7,730㎡。
その名「マッシモ(最大)に違わぬイタリア最大の歌劇場だ。

どうよ、この威容、この風格。風呂屋のような歌舞伎座や、コンクリート打ちっぱなしのような国立劇場に比べて、なんという豪勢さ。

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2018_01
28
(Sun)23:59

20180128 Sun. イタリアを旅する(6)パレルモ大聖堂

イタリアを旅する(6)パレルモ大聖堂

一見、王宮のような感じのする大聖堂の内部は、こうだ。(イタリア鑑賞美術紀行を参照)




<南側ファサードに張り出した柱廊玄関(portico)はアントーニオ・ガンバラによって15世紀に建設された部分。
連続する3つのゴティック・アーチとフロントン(三角形の破風地)を埋める浮き彫り装飾にはスペインのカタルニア地方のごティック様式が見られる。>との記述あり。

柱廊玄関(portico)の上部に「聖母子像」のモザイク画。

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堂内は、新古典主義様式の空気に満ち満ちている。
右側廊の第一礼拝堂と第二礼拝堂に連結され、ノルマン王家の墳墓がある。
どんな人達か、というと、
アラゴン家のコンスタンツア2世(フェデリーコ2世の妻)
エンリーコ(ハインリッヒ)6世
フェデリーコ(フリードリッヒ)2世の母のコンスタンツア1世
フェデリーコ(フリードリッヒ)2世
アテネ公グリエルモ
ルッジェーロ2世
などなど、の墓。

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2018_01
25
(Thu)14:07

20180124 Wed. イタリアを旅する(5)パレルモにて

イタリアを旅する(5)パレルモにて

<パレルモ大聖堂>
まずは、パレルモの代表的建造物、カテドラーレへ。

<ヴィットリオ・エマヌエーレ通りを王宮に向かって400メートルほど歩くと、右手に植え込みのある庭園風の空間があり、どこか王宮のような感じのする大聖堂が建っている>などという記述で始まる解説書を読むと、やっぱり歩かなきゃあ、な、と思う。



次回のためにメモっておこう。

<カテドラーレ大聖堂へのアクセスは、市内の路線バスが充実している。105番の路線バスはカテドラーレで下車出来る。109番の路線バスで、ノルマン王宮で下車して歩いても近い。この他タクシーも比較的安く、初乗り3.81ユーロ(2013.8.26現在)。また24時間乗り放題で、乗り降り自由のシティ・サイトシーイング・パレルモ(City Sightseeing Palermo)という2階建ての観光バスもカテドラーレに停車する。
●路線バス(AMAT)
☆105番 カラタフィーミ通り→インディペンデンツァ広場→ヌォーヴァ門→ヴィットリオ・エマヌエレ大通り→ノルマン王宮→カテドラーレ→クアットロ・カンティ→マリーナ広場
☆109番:トゥコリー通り(中央駅側)→バッラロ市場→サンタガタ門→S.Gデッリ・エレミティ教会→ノルマン王宮→インディペンデンツァ広場
●シティ・サイトシーイング・パレルモ(City Sightseeing Palermo)
☆Aコース ポリテアーマ劇場→マッシモ劇場→クアットロ・カンティ→ステーリ宮→植物園→ノルマン王宮・パラティーナ礼拝堂→カテドラーレ→ヴッチリアの市場(所要時間60分)(イタリア情報サイトより)


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2018_01
24
(Wed)13:24

20180124 Wed. イタリアを旅する(4)南京虫、またの名をベッドバグ

イタリアを旅して(4)南京虫、またの名をベッドバグ

パレルモのホテルは、検索してみると、4つ星とあるので、それほど悪くはないのだろうと思っていた。都心から2.4キロも離れているのがちょっと難で、夜、フリー時間に中心街へ出るのは、ちょっと無理、というのが不満といえば不満。

でも、まさか、南京虫が!

翌朝、水戸から来たという夫婦があきらかに寝不足、という風情で、ぐったりとしている。
どうしたの?
虫に噛まれて、と首やら、手やら、赤く腫れ上がってミミズ腫れになっているのを見せる。
のみ、しらみ?ひょっとして南京虫じゃないの?
と、冗談半分で言ってみるが、本人なんの虫だかわからない。
ただ、夜2時頃痒くて気がついたら、ベッドの上に虫がうじゃうじゃ、って、相当気持ちの悪い話。

夫のベッドも見てみると、体を取り囲むように虫が…というところで、眠気が吹っ飛んだ。
夫はまだ反応が出ていないようで、
「やっぱり皮が硬いのよ」
と冗談をいえたけれど、
妻の方は、アレルギー体質、ということで、見るからに痛々しい。

同行の仲間に薬剤師がいて、塗り薬をくれたとかで、ちょっと楽になったと言っていたが、2時頃気がついてどうしたかという顛末を聞いて、びっくりした。

部屋にいるのは気持ちが悪いから、ロビーのソファで横になっていたら、朝の4時頃通りがかったホテルマンが気がついて、部屋を替えてくれた、と。

あのねえ、そういうときには、フロントか添乗員にすぐさま電話を入れて、部屋をチェンジさせるのと、ベッドのシーツが血だらけになっている、虫の残骸がいる、そういう証拠写真をとっておかなきゃ、といったのだけれど、後の祭り、何もしていない、と。

20131224120556ec1[1]

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2018_01
23
(Tue)00:24

20180123 Tue. イタリアを旅する(3)モザイク壁画

イタリアを旅する(3)モザイク壁画



モンレアーレの大聖堂の壁画がモザイクで飾られているのを目の当たりにして、興味を持った。
モザイクとは <ビザンツ様式の美術の代表的な技法で、色大理石などを細かく各状にし、ガラス片や貝殻片を加え、壁面のセメントに埋め込みながら装飾としていく。東方起源の技術でキリスト教徒ともにローマに広がり、教会堂の壁面の絵画に利用され、ビザンツ時代に発展した。現在も多数残されているが、代表的なものは、イタリアのラヴェンナにあるサン=ヴィターレ聖堂のモザイク壁画であろう>とはネットの検索結果である。

大聖堂の周辺では、小さなグッズショップが並び、小さなモザイクでできたグッズを売っている。
ある店で、職人が、作品を作り上げているところに遭遇した。
許可を取って、しばらく作業の様子を見せてもらった。

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2018_01
19
(Fri)00:40

20180119 Fri. イタリアを旅する(2) モンレアーレ Monreale

イタリアを旅する(2) モンレアーレ Monreale



日本からシチリアへ入るには、アリタリア航空のローマまたはミラノ経由で、カターニャへ入るのが一番フライト本数も多く、フライト時間も短いのだが、今回はトルコ航空でイスタンブール経由でカターニャ国際空港へ。成田からイスタンブールまで12時間40分、イスタンブールからカターニャまで2時間20分。シチリア旅行ではやはりパレルモに飛行機で到着するのが便利と言われるが、カターニャ入りもよくあるケース。だから、カターニャからバスで、パレルモ方面に高速道路を走る。右側にエトナ山。

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2018_01
18
(Thu)07:37

20180118 Thur. イタリアを旅する(1)

イタリアを旅する(1)

20代の頃、オクスフォード大学のマンスフィールドカレッジで、短期間ではあったが、英語・英文学を学んだ時期があった。最初は大学の寮で、実に文学的・伝統的な寮生活を楽しみ、その後、バスで15分ほどのところにある未亡人の家の2階に部屋を借りた。1軒の家が左右対称に2軒になっている、典型的なセミ・デタッチド・ハウス。家の前には、バラの花が咲く小さな庭と、玄関に続くポーチ。そして、芝生が敷き詰められた家の裏は、時々、塀越しに隣家の住人と下宿のおばさんがおしゃべりを楽しむヤード。

しばらくして、空いていた隣の部屋に、新しい住人が入った。シチリアから来たという、私よりは10歳ほど年上の高校教師、地理を教えていると言っていた。夜、食事を終えたあと、彼女にイタリア語を教わりながら、色々と話をするのがとても楽しかった。まだまだ明るい夕方の、オクスフォード郊外を、11世紀の古い教会があるというところまで散歩するのも楽しかった。「イフリー・チャーチっていうんですよ」、と下宿のおばさんが教えてくれたところ。

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「いつかシチリアに行くね」というのが別れの挨拶だった。その時はすぐにも行けそうな感じだったので、何気なくそう言ったのだが、帰国して後、結婚して子どもを産んで、と、世間一般の女の人生に突入してしまったものだから、とてもじゃないが、すぐには行けない状況になってしまった。

海外への旅行を復活した頃には、シチリアよりも行きたいところがたくさんあって、ますます遠のいてしまったシチリア。4年前に北イタリアを旅した折には、シチリアにいる彼女にも連絡がついたのだが、2年前から、クリスマスカードにも返事が来なくなった。独身で、弟家族の近くに引っ越すと言ってから、長年月が経つ。おそらく彼女は亡くなったのであろう、と合点して、今年からクリスマスカードも出さなかった。それなのに、シチリアへ、である。

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2015_04
04
(Sat)06:09

ベナレス(バラナシ)の祈り(2)

ガンガーの沐浴ガンジス河の沐浴

インド人はガンジス川のことを「ガンガー」と呼ぶ。言わずと知れた聖地ベナレス(バラナシ)のシンボルともいえる聖なる河。

子供の頃、1,10,100と数えて行き、兆を超すと、京(けい)垓(がい)と進み、想像もつかないほどの大きさになると、とたんに仏教用語が飛び出して、恒河沙、那由他、不可思議、そして最後に登場するのが無量大数だった。それで、「不可思議ってどれくらいの数字なの?」とあどけなく聞くと、決って、「そうだなあ、ガンジス河の砂の数くらい」。「じゃ、無量大数は?」「インダス河の砂の数くらい」と答えが返ってきて、真剣に悩んだ子供時代が嘘のようだ。

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2015_04
03
(Fri)00:44

ベナレスの祈り(1)

ベナレス紀行

ベナレス

今では、ワーラーナシー、バラナシと現表記されるが、昔からのベナレスに馴染みがあって、口にしやすいので、つい「ベナレス」と言ってしまう。インド人は「バラナシ」と言っているし、地図上もそうなっているから、「バラナシ」と言った方がいいのだが、やっぱり、ベナレスって言ってしまう…。「カルカッタ」の「コルコタ」も同様であるが。

デリーから飛行機で2時間、で、うまく着いたら上首尾だ。インドには時間どおりにつく、という概念がひょっとしたらないのではないか?その日も発着で手間取ったか、2時間の遅れで、結局4時間かかって、ベナレスに到着。帰りの汽車は6時間遅れたから、それに比べれば、ということもできるが、しかし…ねえ。おかげでガンジス河沿いで、毎夕6時から行われる「夜のお祈り」に間に合わなかった。

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